人と街とモノをツナゲル つながる図鑑

ひとの想い

【戦争の辛い経験を経て感じる、本当の生きる力】米城ビルディング㈱名誉会長 石橋友之祐さん

「家庭の絆・母親の大切さを伝えたい」と声をかけてくれたのは
米城ビルディング㈱ 名誉会長 石橋友之祐さん(94歳)

 ご自身の戦争体験から、家庭の力、母の存在が「生きる力」につながること、
今こそ社会全体で大切にしなければいけないことを語ってくださいました。

戦争のことを聞かせてください

 21歳の時、太平洋戦争の兵隊としてフィリピンのセブ島に行きました。72年前の8月頃は、フィリピンの山の中でアメリカに撃たれ、部隊からはぐれ4名で山奥へ逃げました。全員マラリアが出始め、ふるえや43度以上の高熱と戦いながら、飢えをしのぐため水汲み・食べ物を探すという日々。他にも、戦友に迷惑をかけるからと手りゅう弾で自決してしまう者、鉄砲で自決する者、病気で命を落とす者もたくさんいました。私自身もいつどうなるかわからないような毎日でした。マラリアと栄養失調で、あと1か月、終戦が遅れていれば今はなかったと思います。生きて帰ってこれたのは「家族にまた会いたい」という強い思いがあったから。親兄弟が元気にしているから帰らなければいけない、母親を悲しませてはいけないという強い思いがある人と、帰ってもどうせ自分の居場所がないと思っている人とでは生きる力が全然違ったように思います。やはり家庭の力、母親の力というのは偉大だなと改めて感じました。

子育て支援を考えるようになったのはどうしてですか?

 なんとか戦争が終わり、生きて帰ることができました。けれど世の中が急速に変化し「親殺し・子殺し」がニュースでもしょっちゅう流れるような社会になっていました。人として大切なものが失われかけているのではないでしょうか。自由化、競争激化の中で休みを取らずに営業するようになったのが一番の原因なのではないかと思っています。核家族化や女性の社会進出により、働くお母さんも増加し定休日のない店舗で働いている方もたくさんいらっしゃいます。女性の活躍には目を見張るものがあり、大変喜ばしいことではありますが、一方で両親共に働きに出ており、夜ご飯を子どもたちと一緒に囲んで家族団欒の時間を過ごすという家庭が激減しているという話も耳にします。

子どもの教育は学校じゃない 家庭だ

教えて学ぶではなく自然に習いとる環境 それが 家庭


(福沢諭吉 明治11年)

 

 私が代表幹事をしている「久留米市東部地域発展促進期成会」で「子育て」について真剣に考え、せめて元日くらいは久留米市全体で企業の営業を自粛して、お母さんを家に還してあげよう。元日は一家団欒の良き正月の日を子どもたちに贈ろうと考え、久留米市に平成26年度11月「市内および近郊の元日営業の廃止の告知、誘導」の嘆願書を提出しました。完全に休みになれば、母親も勤務先の仕事から解放され、子どもたちとの絆が深まるものと確信しています。それには消費者の方々の理解・応援も必要です。

 
石橋名誉会長のお母様はどんな方だったのでしょうか。

 とても厳しく、でも優しい母でした。私は8人兄弟の長男として産まれました。今でも母のひざの上に顏を乗せ耳かきをしてもらった、あの幸せな感覚を覚えています。

 母が子どもたちの名前を呼ぶ時は必ず「友之祐さん」と“さん”づけで呼ばれていました。友達に“ちゃん”と言われているのを聞くと「あなたがそんなだから“ちゃん”なんて呼ばれるんです。“さん”と呼ばれるような振る舞いをしなさい」と襟を正されていました。子ども扱いせず、人として尊重してくれていました。

 子どもが世の中に生を受けた時、親は人生で最初の先生です。特に母親の存在は大きい。私たちが提案している元日休業は子どもと母親の絆を強くする最初の一歩です。そのためには社会全体の理解も必要。お母さんが子育てを楽しむことができるよう、皆でポートしていくことが大切なのではないでしょうか。

 

 

 

 

【取材を終えて】

 かれこれ20年前になりますが、私がフランスに1年間留学していたころ、日本との違いで一番驚いたのは休日と家族との時間の過ごし方でした。フランスでは日曜日はほぼ休み。私が滞在していた町アンジェでは映画館とマクドナルドくらいしか開いてなかったように記憶しています。家族との絆、時間の大切さをその時に同じ寮に住むフランス人に教えてもらいました。今では私も3人の子どもたちの母。石橋名誉会長のお話をお聞きしながら、母の偉大さを感じ「お母さん、がんばろう」と嬉しく、母を頑張る力になりました。貴重なお話をありがとうございました。

文:池田彩
写真:島本智恵子

 

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