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ひとの想い

【ちっごのひとびと】産前・産後うつの経験を糧に 大坪香織さん

「諦めないで一日一日を過ごして」

自らの「産前・産後うつ」体験について話をしてくれたのは小4と年中の2児の母、大坪香織さん。

幼稚園教諭の傍ら「とき紡」としてお話し会を開いたりコラムを執筆したり。

地域医療連携の大切さ、サポートする側・される側それぞれに大切にしてほしいことなどを聞きました。

(お母さん業界新聞ちっご版 編集長:池田彩)

 

産後うつに

産後鬱にはいろんなケースがあります。私の場合もあくまでも一つの症例です。

長女を出産後、実家に里帰りをしましたが、妹も同時期に里帰り出産をしていたため、思うような協力は得にくい状況でした。また娘のおっぱいの吸い付きが弱く、授乳感覚の短さに、睡眠時間は削られていきました。「昼寝していたよ」と言われても眠った感覚は全く無く、眠れていないことに不安感が生じ始め、出産した病院に電話相談するものの産科以外につないでくれることはありませんでした。

健診では「誰にでもあること」とされ、産科の先生にも相談できなくなりました。家では妹のこともあり家族への遠慮から自室に引きこもるようになっていきました。

食事をしても砂を噛んでいるようで思考停止状態に。次第に食事も喉を通らなくなりました。週末、別室で夫と娘が寝ていると、私の耳元で娘の泣き声がし、見に行ってみるとスヤスヤと寝ていました。明らかに幻聴でした。私は泣き崩れ、その様子を見て夫が「かおりさん、病院に行こう」と言ってくれました。

 

1か月半の入院を経て

子どもを産んだ精神科の病院を受診すると、「なぜもっと早く来んかった?昔で言うなら、肥だめに身ば投ぐー状態(自殺する)ですたい」と言われました。

心療内科では入院を勧められましたが、生まれたばかりの赤ちゃんと離れる不安、薬で母乳に影響が出てしまうのではないかという不安でから、なかなか決心がつきませんでした。

待合室で結論を出せぬまま2時間も夫と話し合っていると、主治医の先生が来て「決められんなら決めてやろう。入院せんね。年末には元気で年ば越せるたい」と言われました。  

1月半の入院生活を経て退院。年末には家族で笑って年を越せることができました。

今では仕事もし、こうして人に話せるほどに回復しました。入院せず回復する場合も、命の問題を抱える程深刻な場合もあります。

入院は辛い経験でしたが、薬の調整も早く、今ではよかったと思えます。

 

2人目で産前・産後うつに

長女の出産から5年、さまざまな葛藤の末、2人目を授かりました。望んだ妊娠でしたが、長女の時の経験がトラウマになり、今度は産前からうつになり、いくつかの病院へ行きました。

「この妊娠はやめましょう」と言われたかったのかもしれません。しかし、心療内科で「産むしかないでしょ。もし妊娠を諦めたら、あなたのことだから、天国に行って、その子を育てたいと言い出すに決まっている」と言われました。

それでも生きているのは辛く、かといってお腹の赤ちゃんを感じては死ぬこともできません。余計なことを考える時間を持たないようにと、毎日1万歩のウォーキングが課せられました。実際、歩きながらも「死」が頭から離れることはありませんでした。

結局十月十日、そんな状態が続いたのですが、たくさんの「大丈夫」に支えられ、無事お産を迎えました。かといって産後すぐに回復できたかというとそういう訳にはいかず、「これで自殺できる」と思いました。そこまで至った私ですが、一人目の産後うつとの大きな違いは入院せずに通院のみで回復できたこと。産婦人科と心療内科の先生、信頼している助産師さんが、それぞれの立場で連携し、絶妙なコンビネーションでサポートしてくれました。「暗い顔であげるおっぱいより、笑顔であげるおっぱいの方がどれだけいいね!?」と薬を飲みながらミルクで子育てを、と背中を押してくれました。産婦人科の先生も「お薬飲んでニコニコ育児たい。でも一回だけおっぱいを含ませてあげようね」と。

母乳育児推進のお2人ですが、このような産後の対応に助けられました。

 

スタメン夫とともに

「イクメン」とはよく聞きますが、私たち夫婦の間では「お父さんはイクメンではなくスタメンだね」と。育児をサポートするのではなく、自ら育児をしっかりするスターティングメンバー。病んだからこそより切実に感じます。

サポート側にしてみれば、当事者に思いが届かず、反応も得られず辛くなることもあるはずです。でも必ず心の片隅には届いています。ですから諦めずに、声と心をかけ続けてほしいのです。

そして何より、当事者の方へは諦めないでその日一日をなんとか過ごしてほしい。1日1日を過ごすことが命を繋ぐ事であり、生きることです。

娘の産後うつの時、「私は何もできない母親だ」と泣いた私に、先生は「子どもの側にいるだけでお母さんなのよ」と言ってくれました。

「赤ちゃんと一緒に入院したい」と先生に言うと「あなたは先進的な考えをお持ちですね。残念ながら今の日本にはその制度はないのです」と言われました。

産後うつはひどくなると子どもと離れてゆっくり静養することが必要になります。でも、離れることはとても不安。子どもと離れることができず対応が遅れてしまう場合も少なくありません。

いつか、私が受けた地域連携医療のようにサポートが受けられる、赤ちゃんと一緒に入院できる産褥病棟ができることを願っています。私ができることを模索しながら・・・。

 

【当事者のお母さんへ】

今は暗闇かもしれません。でも、必ず出口があります。

体力・精神力があるうちに助けを求めてください。大丈夫、ちゃんと育児に戻れます。

 

【サポートする方へ】

本人は判断力がなくなっている場合もあります。早期対策・早期対応を心がけてください。

 

 

(記事:お母さん業界新聞ちっご版2017年7月号 ちっごのひとびと掲載)

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